ご挨拶

「狛江に住んで36年、調布から転居してきた時は、知り合いも少なく、住んでいる実感がなかなかわきませんでしたが、保育園や学校、町会、商店街など地域のみなさんとお知り合いになる中で、しだいに地域に溶け込むことができるようになりました。日本共産党の市議会議員の私を分け隔てなく受け入れてくれたことに心から感謝しています。これからも地域のみなさんの相談事の解決や市政へのご要望の実現にとりくみながら、暮らしと平和を守る政治のために全力でがんばります。」

略歴

鈴木えつお

1950 年(昭和25 年) 埼玉県幸手市生まれ 
幸手中学校・春日部高校・電気通信大学卒
1983 年狛江市議選初当選、現在10期目 
駒井保育園・猪方学童父母会役員、六小PTA 学級委員、 
大蔵病院の地域医療を守る会幹事、中学校給食を実現する会役員、
市議会副議長、市監査委員など歴任
2019年6月現在、こまえ九条の会会員、市議会総務文教常任委員、議会運営委員会副委員長
家族:妻、犬のモコ
趣味:音楽、読書、旅行

3人兄弟の次男坊

私は1950年(昭和25年)、埼玉県の利根川近くの幸手町で、男ばかり3人兄弟の次男坊として生まれました。田んぼと畑が広がり、小川が流れていて、ザリガニとりやセミとり、缶蹴りや草野球、模型飛行機などで遊びました。母は小学校、父は中学校の数学と美術の先生でした。父は兵隊に行き沖縄の東方、南大東島で終戦を迎えました。母は品川区五反田が実家で大田区の小学校で教えていましたが、米軍機が学校まで機銃掃射で攻撃するようになり、幸手町の隣、栗橋町に疎開、戦後父と知り合い結婚しました。

学生時代は音楽部、オーケストラ部に所属

親戚の人からハーモニカをもらったのがきっかけで音楽が好きになり、中学・高校・大学とクラリネットを吹いていました。

高校時代の音楽部にて

大学時代に日本共産党に出会う

1969 年、調布市にある電気通信大学に入学し材料科学を学びました。当時は大学紛争の真っただ中で、大学の民主化運動のなかで共産党を知り、暴力を否定し言論戦を通じて社会を変えるという方針に感動、国民が主人公となる社会をめざし日本共産党に入りました。卒業の時、民間企業に就職が内定していましたが「共産党の職員に」との要請をうけ、「自分が求められているのなら」と調布・狛江の「しんぶん赤旗」をささえる仕事に就きました。

市議会議員として、狛江市民とともにこれからも

1983年の市議選に立候補、みなさんに支えられ初当選。以来、吉岡市政、石井市政、矢野市民派市政、高橋市政、松原市政と9期36年間、市民の願い実現に頑張ってきました。中学校給食実現や大蔵病院の地域医療を守る運動、また矢野市政の16年間は与党議員として、子どもの医療費無料化の拡大や学校・保育園の耐震化などとりくみました。日常的に寄せられる様々な相談事の解決や暮らしと平和を守る草の根の運動にもとりくんできました。
毎朝の駅頭宣伝は私の日課です。「頑張って下さい」「ちょっと相談があるんですけど」など声をかけて下さる方もいて私の元気の源です。ひきつづき、だれもが安心して暮らせる狛江をめざし全力でがんばります。

学童保育所運動会で「フレーフレー猪方」を披露

家族旅行、伊豆高原にて

鈴木えつおさんに期待します!

副議長を3度にわたって務めるなど、市議会のベテラン議員として押しも押されもしない政治家です。「継続は力なり」を示す市政報告活動、綿密な調査力はもとより、常に住民目線で考え行動する鈴木議員には、地域から厚い信望が寄せられています。ひきつづき市政での活躍を願っています。

矢野ゆたか(元狛江市長)

荒木徹(私学教員・猪方)
池田江美子 (元特別支援学級教員・猪方)
石本益三(元国鉄職員・猪方)
市川麻衣子(塾講師・岩戸南)
岡田雅枝 (新婦人絵手紙小組・駒井町)
絹谷隆一(元会社員・猪方)
黒田 巧・伸江(岩戸南)
近藤幸子(ピアノ講師・猪方)
鈴木健介(映画監督・駒井町)
田島美津子 (岡田和夫音楽事務所・猪方)
立崎やえ(主婦・駒井町)
田中輝子(カラオケサークル代表)
谷 孝明 (八千代電気工業(株) 社長)
内山高一(元新聞記者・猪方)
谷口英雄(元精肉店主・猪方)
豊田 恭(東京土建組合員)
奈良憲子(東京土建組合員)
林 行博(新聞記者・駒井町)
舟山利恵子(介護福祉士)
星 勝(工務店役員・岩戸南)
安川小津江(保育士・駒井町)
松坂敏夫(岩戸南)
松本せい(元和菓子店・猪方