高校時代
高校時代、友達がいなかった僕はよく父親と話をするようになりました。
とにかく誰とでもいいから人の話をしたかったのと、ちょうどこの時期父は病気で仕事を休んでいたので、その相手にちょうど良かったのです。
その時にはよく政治の話になり、共産党についてもたまに喧嘩になりながらもいろいろと教わりました。
僕がどれだけ生意気な意見をぶつけても、父親は冷静に回答してくれました。
そういう物腰の柔らかい所はいまでも尊敬しています。
自分もそういうふうになれたらいいな、と思っています。
介護の現場で
大学を辞めてから自分の将来について悩んでいましたが、知り合いのつてで「第二こだまデイサービス」を見学、家庭的な雰囲気で利用者さんもスタッフも温かく迎えてくれたことから、ようやく自分の居場所がみつかったような気がしました。
副中央執行委員長として
介護福祉労働組合活動で、2009年、麻生内閣の時に介護職員の給与を15000円上げる処遇改善交付金を予算に入れさせて、実現させる運動に大きく貢献しました。
署名の申し入れ時には厚生労働省で記者会見を開き、その模様はNHKのニュースでも取り上げられました。
同じ時期に日本テレビの「ニュースZERO」で介護労働者の実態についての特集が組まれ、取材を受けて放送されました。
また、小平では、市内の介護施設で服薬ミスを理由に不当解雇された看護師の争議も全面的にバックアップ、見事に和解勝利を勝ち取ることができました。
日本共産党に入党
介護の 仕事は大変なこともたくさんありますが、利用者のみなさんと心が通じ合った瞬間にはその大変さが吹き飛ぶくらいやりがいを感じられる楽しい仕事です。
しかし、社会的に大事な仕事なにもかかわらず、どうしてこんなに給料が安いのか。
一生懸命に働けば働くほど世の中のあり方に問を持つようになり、政治を変えたい、世の中を変えたいという思いから日本共産党に入党することに決めました。
2019年新春のつどい 家族紹介
フジロックに友人と